10月8日放送のルビコンの決断のレビューをお届けします。
ヨネックスは、技術革新を続けることで
越後の雪だるまとの異名を持つ
元々は漁師の木製の浮きを作っていた会社。
ゴルフクラブの売り上げでは上位10社内になんとか
入るかどうかという売上しかない。
そのヨネックスが今はゴルフクラブで石川遼を支えている。
10月4日のコカコーラ・東海クラシックで
スーパーショーットを見せて優勝した石川遼くんは
6月 ミズノオープンよみうりクラシック
8月 サン・クロレラ クラシック
9月 フジサンケイ クラシックと
すでに今期4勝し、獲得賞金も1億2千万円を超えている。
現在18歳高校3年生のプロゴルファー石川遼くんは
2008年1月10日にプロ宣言をし
その日からプロ契約の争奪戦が開始され
その争奪戦を制したのはヨネックス。
バドミントン・テニスラケットでは世界的に有名だが
まだゴルフクラブとしては無名だった
ヨネックスがなぜ石川遼を獲得できたのか?
2007年5月マンシングウェアオープンKSBカップで
初優勝を15歳で果たす。
ハニカミ王子の獲得に乗り出すなど
まだ無名のヨネックス ゴルフ事業部は思っていなかった。
そのゴルフ事業部の黒子武 常務取締は
バドミントン、テニス事業で実績を残した黒子さんは
ゴルフ事業の立て直しをしている。
その黒子に、ヨネックス社長の米山勉が
石川遼の獲得にゴルフ事業の命運をかけて
乗り出すよう命令する。
その黒子さんが石川遼獲得のプロサポート担当者として
中学の頃から石川と付き合いのある宇野一寿を指名する。
まだアマチュアの石川にどう動いていいか迷う宇野。
ヨネックスとの付き合いは10歳のときからで
父の石川勝美さんは、他のプロを目指す父親と違い
勝美さんの姿勢はゴルフを楽しませること。
ゴルフ技術第一開発部課長の丸山博に
石川のゴルフクラブの調整を頼む宇野。
石川遼くんはマンシングウェアオープンKSBカップ初優勝
直前から、アイアンはヨネックスだが
ドライバーは他社製品
丸山課長はヨネックスのドライバーは
独自のカーボン加工技術で、飛距離が出ることに
自信を持っているのだが使ってもらえない
しかし、それでもシニア向けクラブと言われた。
そんなときに、遼くんが優勝で獲得できたシード権は
プロにならないと行使できないことで
プロ宣言が前倒しでおこなわれる可能性が高まった。
獲得のための契約金が跳ね上がる中で
宇野が諦めようとしたが、これまで支えてきた実績と
ヨネックスの技術、石川遼を守るためにも
黒子常務と獲得することを再確認する。
新聞記者、プロゴルファー、外資系エージェントに
契約金の額を調べに回った宇野。
年間で2億も越えるほど契約金額は跳ね上がっていく。
黒子が提示した限界の契約金の2倍を要求した宇野。
その契約金額はなんとか米山社長の許可を得る。
そしてその金額で、石川勝美さんに契約を提示するが
契約1年はヨネックス以外のドライバーを使うという
メーカーにとっては屈辱的な条件を出してきた石川勝美さん。
メーカーとしてよりも石川遼のことを考える決意をし
その条件を飲むことに合意するヨネックス。
石川遼を納得させるクラブをつくることを決意する。
そんなときに、石川遼の試し打ちがおこなわれる。
第1回では、他社のドライバーが300ヤードで
ヨネックスは290ヤード。
ドライバーに改良を加えた第2回は
他社が305ヤードを出し
ヨネックスは300ヤード
第3回は
他者が310ヤードで
ヨネックスは・・・310ヤードを超えた
そして、最終的に選ばれたのがヨネックスだった。
やはり培ってきた信頼が大きかった。
遼くんが父勝美さんに言った言葉は
「やっぱりヨネックスでいいよね・・・」だったそうです。
そしてその石川遼くんの推定契約金額は5年で10億円。
ヨネックスは、テニス界、バドミントンン界でも
世界トップの選手と契約してきた。
ゴルフジャーナリスト「月刊ゴルフ用品界」の片山哲郎さん
によると実は、石川遼くんの影響で
ゴルフクラブの売り上げはそんなに伸びてはいない
そうなんですが・・・
今年に入ってかなり優勝してきていますので
これは石川遼くんだけの力でもないと思うんですが・・。
ヨネックスの企業としての太っ腹ぶりを見せていただきました!
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